なんでもない私の、ひとつひとつ。

5歳と2歳の男の子を育児中。夫のこと、息子たちのこと、趣味のこと、思いついたこと。どこにでもいる主婦の徒然。

「月が綺麗ですね(夏目漱石)」、「死んでもいいわ(二葉亭四迷)」について本気で調べてみた。

こんにちは。りかです。今日は、都市伝説のように広がる、二つのことを調べてみました。

f:id:rkssd0717:20170816054958j:plain

 

「愛している」について

 

明治初期には、愛していますと男女が言い合うことがありませんでした。

(っていうか、今でも私は「愛している」は文語体だと思っています。みんな恋愛中に「愛してる」って言うの?どうなの?)

 

明治初期は「"I love you"を"大切に思います"と翻訳していた」と、テレビで見たことがあります。10年以上前。

この記憶がすごく曖昧だったので、ちょっとネットで調べてみました。

「大切に思います」と最初に翻訳したのは誰だろう。いつから誰が「愛しています」と翻訳したんだ?というのを知りたかったんです。(実は、前回のブログを書く際に、この内容を書きたくて調べたんです。)

 

そうしたら、ネットには2つの情報ばかりが出てくるんです。

夏目漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳した話、二葉亭四迷が「I love you」を「死んでもいい」と翻訳したっていう話。

 

本当に欲しい情報が、こんな風に埋もれることってよくある話です。

良いと思った話は一気に拡散される時代ですからね。

調べたかったことからちょっと離れたことに興味を持ってしまいました。

 

夏目漱石は「I love you」を「月が綺麗ですね」と翻訳したのか

どうやら、夏目漱石が「月が綺麗ですね」と訳したというのは、逸話であって実際に小説をそう翻訳したわけではないようです。

有名なのは、こんな逸話。

英語教師をしていたときに、 " I love you " を「我君を愛す」と訳した生徒に対し、「日本人はそんなことを言わない。月が綺麗ですね、とでもしておきなさい」と言った。

この逸話は、twitterだけでなく、深イイ話、有名なドラマの中でも取り上げられているようです。

そんな奥ゆかしい言葉じゃ、伝わらないよ。と、思うのですが、最近は遠回しな告白の言葉に使われるって本当?本当なの?ネットの情報にびっくりしている私です。

 

 でも、この逸話って随分後になってから言われ出したようですよ。

 ネットに出回っている、一番古い出典はこれだと思うのよね、きっと。

 

『奇想天外』1977年11月号、奇想天外社、1977年11月1日発行(4-5頁)

夏目漱石が、英語の授業のとき、学生たちに、I love you.を訳させた話は、有名です。学生たちは、「我、汝を愛す」とか、「僕は、そなたを、愛しう思う」とかいう訳を、ひねりだしました。「おまえら、それでも、日本人か?」漱石は、一喝してから、つけくわえたということです。「日本人は、そんな、いけ図々しいことは口にしない。これは、月がとっても青いなあ――と訳すものだ」なるほど、明治時代の男女が、人目をしのんで、ランデブーをしているときなら、「月がとっても青いなあ」と言えば、I love you.の意味になったのでしょう。 

 参考:「月が綺麗ですね」検証

月が綺麗ですね。の出典をまとめているブログがありました。すごいですね。

 

昭和の後半の話ですが、「月が綺麗ですね」じゃなくて「月がとっても青いなぁ」ですって。

この時点で、有名な話とされているのだから、もっと前に出典があるはずとは思うのですが、突き止められませんでした。(たかだかネットで調べてるだけですしね。笑)

実際にこの目で掲載された雑誌「奇想天外」を読んで確認したわけじゃないのが悔しいところです。

どちらにしろ、昭和後期の出典しかみつからないって、不自然に感じます。

昭和あたりに、後付けされた話のような気がするのは私だけ?

 

二葉亭四迷は本当にI love youを「死んでもいいわ」と翻訳したのか?

 

 

 

二葉亭四迷ってロシア語の翻訳をする人でしょう?だから

f:id:rkssd0717:20170816043350p:plain

 

この、右側のやつを「死んでもいいわ」と翻訳したってことなのかな?(全く読めません。)

 

こちらは、出典を見つけました。
ツルゲーネフの中編小説『アーシャ』の(1857)翻訳として出版した『片恋』
(1896=明治29)という本に出てくるのだそうです。

 

国立国会図書館デジタルコレクションを調べてみます。

見つけました。「死んでも可いいわ……」

f:id:rkssd0717:20170816044956p:plain

 

私は何もかも忘れてしまって、握っていた手を引き寄せると、手は素直に引き寄せられる。それにつれて体も寄り添う。ショールは肩を滑り落ちて、首はそっと私の胸元へ、燃えるばかりに熱くなった唇の先へ来る……
「死んでもいいわ……」
アーシャは言ったが、聞き取れるか聞き取れぬ程の小声であった。

あったけれども。これ、本当に"I love you"もとい"я люблю тебя"を翻訳したものか?って話ですよね。

さて、どうしよう。

原題の"Ася"、作家のツルーゲネフ" Ивáн Серге́евич Турге́нев"を元に検索してみます。

おぅ。一番上に出てきました。それっぽいの。

Ася. #16. И. С. Тургенев.

章がわかっているので、探しやすいかと思ったのですが(16章です。)、16章の中に"я люблю тебя(I love you)"がありません。

これは、この辺りかな?というのを、google翻訳にお願いして探します。

f:id:rkssd0717:20170816052248p:plain

ここだと思うのだけれども…。

 

 

 

f:id:rkssd0717:20170816052701p:plain

 

あなたの…?

 

オンライン辞書を調べました。

f:id:rkssd0717:20170817103435p:plain

 出典:ваш - 翻訳 - ロシア語-日本語 辞書 - Glosbe

 

「あなたの……」よりも、「あなたのもの……」と翻訳したほうが、前後の意味が通じるように思います。

 

結論

二葉亭四迷はI love youを「死んでもいいわ」と訳していない。

「あなたもの……」を「死んでも可いわ……」と翻訳した。

「私は、あなたのものよ……」と読み取れますね。

それを「死んでも可いわ……」と翻訳するのはいい翻訳のように思います。

「愛しています」を「死んでも可いわ……」と翻訳するより、突拍子の無さは感じないですよね。

私はあなたのものよ、全てを捧げます=死んでもいい。

「片恋」じゃないものでI love youを「死んでもいいわ」と翻訳している可能性もあるのだけれども、ただの主婦がそれを検証するほど、時間を持ち合わせているわけでもなく。

この結論で終わりにしたいと思います!

 

最後に

このブログね。書くのに、5時間以上かかりました。

それなのに、ちょっと結果に自信がなくてね。

結局、またまたネットで調べたの。そしたら…、私と同じことをもっと丁寧にわかりやすくブログにしている人がいたってことがわかりました。

私、すでに出ている情報を、こんなに躍起になって調べてしまったわ。となんだか、嘆かわしい気持ちになっています。

でも、人様のブログを読んで、私の出した結論は間違っていない!と自信を持ったのも事実。 

全く、文学の知識のない私が自分でここまで調べたということに満足しようと思います。

 

あぁ。いつもより増して、睡眠不足になってしまったわ。

子供達の朝ごはんをつくらなければ……。